ドイツは,2017年,自動運転技術の発展に対応して道路交通法を改正しました。
しかし,日本は,まだです。
ドイツと日本は,いずれも自動車を基幹産業とする国でありながら,なぜこのような違いが生じているのでしょうか。
その大きな原因は,ドイツが批准している1968年ウィーン道路交通条約は,自動運転導入のための改正の効力が生じているのに対し,日本が批准している1949年ジュネーブ道路交通条約は,自動運転導入のための改正の効力が生じていないことにあります。
この問題を解決するために,WP1(国連で道路交通条約に関する議論を行っている会議体)では,2016年から2017年にかけて,活発な議論がなされてきました。
加えて,その間,それらの議論と並行して,更なる国際法規の整備に向けた議論が進められてきました。
今回は,その議論状況を見ていきたいと思います。
この間の議論状況を理解することにより,道路交通条約に生じた問題と現在の状況と今後の方向性がすんなりわかるようになります。
目次
1 議論の大枠
WP1は,例年,春と秋に1回ずつ,会議を行っています。
そこで,今回は, それに続く2016年9月の会議と2017年3月の会議の議論の状況をみていきたいと思います。
複雑な議論状況ですが,整理すると,以下の3点に整理できます。
1つめは,改正の施行のずれに関する問題,2つめは,今後の方法論に関する問題,3つめは,自動運転に関する実質的問題です。
2 改正の施行のずれに関する問題
1968年ウィーン道路交通条約については,2014年3月に改正案が採択され,多数の批准国の賛成を受け,2016年3月に改正案が施行されて効力が発生しました。
これに対し,1949年ジュネーブ道路交通条約については,2015年に改正案が採択されたものの,多数の批准国の賛成を受けることができず,改正案の施行に至らず,効力が発生していないという状況に陥りました。
このように,自動運転に関し,二つの道路交通条約にずれが生じてしまいました。
この状況は,日本のように,1968年ウィーン道路交通条約を批准せず,1949年ジュネーブ道路交通条約のみを批准している国にとって大きな問題です。
そのため,この状況をどのように打開していくかということについての議論が展開されました。
その議論の中では,道路交通条約を柔軟に解釈していくことができるのではないかという指摘がなされるようになりました。
また,ワーキンググループにおいて,1968年ウィーン道路交通条約の直近の改正は,第8条の単なる明確化と考えることができるのではないかというような議論がなされるようになりました。
直近の改正の趣旨をこのようにとらえるのであれば,必ずしも現段階で1949年ジュネーブ道路交通条約の改正の施行にこだわる必要はなく,解釈論で両条約のひょうそくを合わせていくことが可能ということになります。
3 今後の方法論に関する問題
両条約のずれの問題と関連して,自動運転の発展に対応するため,今後どのような形式の国際的合意を作成していくかという今後の方法論についての議論も進められていきました。
これは,中身の問題ではなく,形式の問題ですが,1949年ジュネーブ道路交通条約が改正施行に至らなかったという状況を踏まえると,非常に大きな問題です。
この点,従前の道路交通条約の改正によるべきか,それとも運転自動化システムに関する規定を別途設けることによるべきか,それとも,現在の道路交通条約の内容を前提として,柔軟な解釈によって高度な運転自動化システムを許容していくかという複数の選択肢があり,これらのうちどの方法によるべきかということが議論されました。
この問題については,2017年3月会議において,中期的な対応として,「non-binding advisory instrument」を策定していくことについての合意がなされました。
なお,私は,国際法の専門家ではないので,「non-binding advisory instrument」をどのように訳するのが最も適しているのかわかりませんが,直訳すれば,「拘束力のない勧告の法律文書」ということでしょうか。
このように,2017年3月会議において,今後どのような形式の国際的合意を作成していくかという今後の方法論に決着がつきました。
こうして,これに続く2017年9月会議から,中身についての議論が本格的に始まりました。
4 自動運転に関する実質的問題
WP1では,両条約のずれの問題や今後の方法論に関する,いわば形式面に関する議論と並行して,自動運転に関する実質的な問題についての議論も進めていました。
この点の議論は,3つに整理できます。
4-1 セカンドタスクの範囲
1つめの問題は,許されるセカンドタスクの範囲,すなわち,システムによる運転中に,ドライバーは何をすることが許されるのかという問題です。
この問題については,2017年3月会議において,以下の原則についての合意がなされました。
「ドライバーが運転タスクを実行する必要のない車両システムによって車両を運転する場合,ドライバーは,以下の原則を満たすセカンドタスクを行うことができる。
原則1:セカンドタスクは,車両システムがドライバーに運転タスクを引き継ぐよう命令した際にドライバーがそれに対応することを妨げるようなものであってはならない。
原則2:セカンドタスクは,車両システムの決められた使用と決められた沿ったものでなければならない。」
という原則です。
この原則は,抽象的であるため,2017年9月から,この原則の詳細化に向けた議論が進められています。
4-2 どのレベルのシステムまで許容されるか
2つめの問題は,道路交通条約上,SAEレベルのどのレベルのシステムまでが許されているのかという問題です。
この問題については,別の記事で書きたいと思います。
4-3 リモートコントロールパーキングの許容性
3つめの議論は,リモートコントロールパーキングが道路交通条約上許されるかという問題です。
この問題は,どちらかというと各論的な問題ですが,近々に市場化が見込まれる技術に関する問題という意味で大切です。
2017年3月の会議の段階では,この点,異論があり,結論は出ませんでした。
ただ,その後の2017年9月の会議の段階で,車両規則79.02のリモートコントロールパーキングについては駐車操作における道路安全を損なわないことが確認されました。
それ以外の外部からの操作の問題については,別途議論が進められています。
5 まとめ
以上のとおり,1949年ジュネーブ道路交通条約が施行に至らず,2016年3月から両条約にずれが生じるという事態に陥ってしまったため,2016年3月から2017年3月にかけての1年間,少し足踏みをせざるを得ない状況にありました。
しかし,2017年3月に今後の方法論についての合意に至り,2017年9月会議から,自動運転に関する実質的な問題についての議論が本格的に進められるようになりました。
この議論の内容は,別の記事に書いていきたいと思います。
6 参考文献
ECE/TRANS/WP.1/155 – Report of the 73rd session (19-22 September 2016)
ECE/TRANS/WP.1/157- Report of the 74th session (21-24 March 2017)
ECE/TRANS/WP.1/159 – Report of the 75th session (19-22 September 2017)
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