高度運転支援システムを備えた自動車が市場化され,交通事故の防止に役立つ一方で,アメリカではテスラの死亡事故が発生しています。
今後,日本でも,このような事故が発生し,自動車メーカーに対する製造物責任訴訟が起きる可能性が十分あります。
このような事故が起きる理由の多くは,ドライバーによるシステムへの過信であろうと思われます。
このような事故を防止し,訴訟を予防するためには,自動車メーカー等によるドライバーへの説明が重要になります。
そこで,自動運転者に関する製造物責任訴訟を念頭に置いて,自動車メーカー等によるドライバーへの説明の重要性について考えてみたいと思います。
目次
1 「欠陥」の3類型
メーカーに製造物責任が問われる際の要件の一つは,製造物に「欠陥」があったことです。
「欠陥」には,3つの類型があります。
1つめは,「設計上」の欠陥です。
2つめは,「製造上」の欠陥です。
3つめは,「指示・警告上」の欠陥です。
「指示・警告上の欠陥」とは,製造物に設計上も製造上も問題はなかったけれども,使用方法によっては事故が生じる可能性があるときにそのことを製造者が消費者に適切に指示・警告しなかったことが「欠陥」とされることです。
2 従前は,自動車については,指示・説明の役割が小さかったこと
これまで,自動車に関しては,ほかの製造物に比べて,指示・警告が事故防止のために果たす役割は小さいと言われてきました。
その理由は,3つあると考えられます。
1つ目の理由は,自動車の使用者は,単なる消費者ではなく,免許取得者であり,運転に関する知識と能力を持っているということです。
2つ目の理由は,自動車の使用者は,そもそも「自動車を運転するという行為は危険を伴うことであり,十分注意しなければならない。」という認識を元々持っているということです。
3つ目の理由は,自動車の操作は,「ハンドルを切れば曲がる。アクセルを踏めば加速する。ブレーキを踏めば減速する。」というように,どの自動車にも共通する簡単な操作だったということです。
3 高度運転支援の導入に伴い,指示・説明の役割が大きくなること
高度運転支援システムが導入されても,1つ目の,自動車の使用者が,単なる消費者ではなく,免許取得者だという点は変わりません。
しかし,2つ目の,使用者の危険に対する認識については,高度運転支援システムが導入されたことによって低下してしまいます。
また,3つ目の,操作の共通性や単純性についても,高度運転支援システムが導入されることにより,車種によって性能が異なったり,これまでとは異なる理解を要するようになったりします。
そのため,高度運転支援システムの導入に伴い,指示・警告が事故防止のために果たす役割は大きくなり,指示・警告の不備が製造物責任における欠陥に当たると評価される可能性は高くなります。
4 メーカーに望まれること
4.1 販売時の口頭説明をわかりやすくすること
高度運転支援システムの限界に関する指示・警告は,メーカーの取扱説明書に加え,販売店の担当者による口頭説明によってなされています。
そして,販売時の口頭説明の際には,重要事項説明書を示し,購入者に内容について理解した旨の署名をもらうということが行われています。
ただ,この販売店での口頭説明については,担当者の説明の仕方や購入者の理解力によって違いが生じてきます。
また,訴訟の際には,購入者と担当者との間で「言った。」「言わない。」の水掛け論になるおそれがあります。
そこで,確実に事故を防ぐとともに,将来の無用な争いを避けるために,口頭説明はできる限りわかりやすいものであることが必要です。
そして,口頭説明の際に示す重要事項説明書は,細かい字で専門的な用語で書かれたものではなく,必要な要素を網羅しつつも,要点を絞った平易な言葉で書かれたものであるべきです。
さらに,映像資料を使った説明が行われれば,わかりやすさは格段に上がると思います。
4.2 取扱説明書のみでも理解できるようにすること
販売店での口頭説明は,非常に重要ですが,自動車は,メーカー直営店での直接の購入者だけが運転するものではありません。
自動車については,購入者の家族や友人が利用することが日常的にあります。
さらに,レンタカーの利用者,中古車の購入者といった人々も自動車を運転します。
販売店が購入者に対してはわかりやすい口頭説明をしていたとしても,購入者以外の人が運転して,交通事故が起きて,訴訟になった場合,運転者は,「取扱説明書のみでは適切な指示・説明にはなっていない。」と主張すると思われます。
そのため,事故を確実に防ぎ,将来の無用な争いを避けるためには,取扱説明書のみを読んでも十分に理解できるものであることが必要です。
4.3 広告・宣伝の表現にも注意すること
メーカーがいかにわかりやすい取扱説明書を作ったとしても,それをきちんと読むか否かはドライバーの自主性に依らざるを得ません。
また,それをきちんと理解できるか否かは,ドライバーの理解力にかかってきます。
そのため,事故をより確実に防止していくには,広告・宣伝を通じた消費者への注意喚起も重要です。
この点,自動車公正取引協議会が「自動運転機能の表示に関する規約運用の考え方」を策定したことは非常に意義のあることだと思います。
5 免許取得・更新時の教育が大切であること
以上のようなメーカーや販売店の努力に加え,免許取得時・更新時のドライバー教育も積極的に行っていくことも必要です。
システムの操作や限界に関するドライバー教育は,自動運転システムのレベルが高度化されて初めて必要になるものではなく,むしろ,自動運転システムのレベルがまだ低く,ドライバーの役割が未だ大きい今だからこそ,より重要性は高いと考えられます。
6 参考文献
「逐条講義製造物責任法~基本的考え方と裁判例」土庫澄子
「欠陥の種類と判断基準」小林秀之『裁判実務体系30~製造物責任関係訴訟法』塩崎勤・羽成守編
「指示・警告上の欠陥」羽田野宜彦『裁判実務体系30~製造物責任関係訴訟法』塩崎勤・羽成守編
「製造上の欠陥,設計上の欠陥,警告上の欠陥」鎌田薫,山口斉昭『現代裁判法体系8~製造物責任』升田純
高松地裁平成22年8月18日判決「RV車両に事故の原因というべき製造物責任法3条に該当する『欠陥』が認められなかった事例」『判例タイムズNo.1363』
「自動走行の制度的課題等に関する調査研究報告書」警察庁委託事業,株式会社日本能率協会総合研究所
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