自動運転車に関する刑事上の責任と民事上の責任の違い

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自動運転車

自動運転の導入に伴い,交通事故の法的責任については,法律の改正及び解釈の変容が必須となってきます。

刑事上の責任と民事上の責任とでは,「過失責任の原則」との関係で,法的責任のあり方についての議論の枠組みは異なってきます。

個々の議論に入る前提として,この枠組みを理解しておくことで,本質的なものから逸れない議論ができると思います。

1 自動運転の導入に伴う法的責任の変容の議論の枠組み

「過失責任の原則」は,法的責任を問うための要件として過失を必要とすることであり,近代の法制の基本的な原理です。

刑事上の責任については,過失責任を基本原則としてこれを維持し,法律の改正及び解釈の変容は,その枠内において行うべきです。

これに対し,民事上の責任については,過失責任を基礎としつつも,過失を前提としない法的責任,さらに,法的責任を前提としない補償制度の導入*1を視野に入れて議論を進めるべきです。

2 刑事上の責任と民事上の責任とで議論の枠組みが異なる理由

 自動運転の導入に伴う交通事故の法的責任の議論の枠組みが,刑事上の責任と民事上の責任とで大きく異なってくるのは,以下の理由からです。

2.1 責任の性格の違い

刑事上の責任は,社会秩序維持のために,国が犯罪を犯した者に制裁として刑罰を科すことです。

これに対し,民事上の責任は,被害者の救済のために,発生した損害を経済的に補填することです。

前者は,加害者に対する制裁であって,加害者の故意及び過失という主観的要件と切り離して考え難いと言えます。

これに対し,後者は,被害者の受けた被害をどのように補填するかということであって,加害者の故意及び過失という主観的要件よりも,被害者の権利の侵害という客観的要件に重きを置いて考えることを許容する素地があります。

2.2 現行規定の違い

刑事上の責任については,現行規定も過失責任の原則を貫いています。

これに対し,民事上の責任については,過失責任を基礎としつつも,道路交通を取り巻く状況の変化に伴って,法的責任が変容してきた経緯があり,現行規定も,交通事故の法的責任において,過失責任の原則は貫かれていません。

すなわち,刑事一般法である刑法は,故意犯の処罰を原則とし,例外的に法律に特別の規定ますがある場合に過失犯を処罰することとしています(刑法第38条第1項)。

交通事故の刑事上の責任について定めた自動車運転行為処罰法は,危険運転過失致死傷罪(同法第2条及び第3条)については危険な運転行為についての故意を,過失運転致死傷罪(同法第5条)については過失を要件としています。

刑事上の責任は,交通事故の刑事上の責任に限らず,故意又は過失を処罰の要件としています。

そして,「無罪推定」の法理が刑事裁判の原理とされ,立証責任は,訴追側の検察官にあります。

これに対し,民事一般法である民法は,法的責任に関する基本原則に基づき,故意責任又は過失責任を原則としています(民法第709条)が,特別法である自賠責法,製造物責任法及び国家賠償法は,交通事故の民事責任について,過失責任の原則に修正を加えています。

すなわち,自賠責法は,自動車の運行によって人の生命又は身体に被害者が生じた場合における損害賠償責任について定めた特別法であるところ,民法上の不法行為責任に主に3つの大きな修正を加え,被害者保護を図っています。

すなわち,第1に,自賠責法は,被害者が過失を立証しなくても不法行為責任を一応認めることとした上で,加害者が無過失を含む免責3要件を立証すれば不法行為責任を免れることとし,加害者に対して無過失責任に近い責任を負わせています(自賠責法第3条)。

第2に,責任を負うべき主体を「運転者」から「運行供用者」に拡大しています(自賠責法第3条)。

第3に,履行の確保に関し,加害者の財産のみを対象とするのではなく,強制保険及び国の自動車損害賠償保障事業によって履行を確保しています(自賠責法第3章及び第4章)。

自賠責法が無過失責任に近い責任を認める正当化根拠は,危険責任 (1)及び報償責任(2)という考え方です*2

また,製造物責任法は,製造物の欠陥により人の生命,身体又は財産に被害が生じた場合における製造物業者等の損害賠償責任について定めた特別法であるところ,欠陥があれば,過失がなくとも,不法行為責任を認めることとし(製造物責任法第3条),ただ,加害者が免責事由(開発危険の抗弁又は設計指示の抗弁)を立証すれば不法行為責任を免れることとしました(製造物責任法第4条)。

製造物責任法が過失責任の代わりに欠陥責任を認める正当化根拠は,危険責任,報償責任及び信頼責任(3)という考え方です*3

また,国家賠償法は,国又は公共団体の損害賠償責任について定めた法律であり,道路等の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために被害者に損害が生じた場合,国又は公共団体が賠償責任を負うところ,過失がなくても不法行為責任を認め,国及び公共団体に無過失責任を負わせています(国家賠償法第2条)。

国家賠償法第2条が営造物責任について無過失責任を認める正当化根拠は,危険責任の考え方です*4

このように,民事上の責任については,過失責任を基礎としつつも,道路交通を取り巻く状況の変化に伴って,法的責任が変容してきた経緯があり,現行規定も,交通事故の法的責任において,過失責任の原則は貫かれていません。

したがって,民事上の責任については,今後も,自動運転の技術の発展及びそれに伴う社会的要請の変化に伴い,過失を前提としない法的責任,さらに,法的責任を前提としない補償制度の導入を視野に入れた議論を進めていくことはその流れの延長にあるともいえます。

2.3 自動運転の導入に伴う利益が帰する主体

近代から現代にかけて自動車が導入されて道路交通が発達していく過程において,民事上の責任に関し,自賠責法は,無過失責任に近い責任を認めました。

なぜなら,道路交通の発展に伴い,自動車によって産業経済が発展する一方で,不可避的に自動車事故が発生し,自動車の使用について利益の帰する主体と損害を被る主体が分離するという社会的不公平が生じたため,それを解決すべき社会的要請が生じ,これに応える必要があったからです*5

では,将来的に自動運転が導入されることによる利益はどのようなものであり,その利益が帰する主体は誰でしょうか。

まず,運転者及びその同乗者は,移動の便の向上という利益を享受することになることはいうまでもありません。

また,自動車産業界は,自動運転車に関する大きな経済的利益を享受することになります。

加えて,自動運転の導入に伴い,様々な社会的利益が生じることが期待されています。

すなわち,現在,道路交通社会は,交通事故,交通渋滞及び環境問題という問題を抱えているところ,自動運転の導入に伴い,交通事故が減少し,交通渋滞が緩和され,環境問題も減少されることが期待されます。

加えて,道路交通社会の問題のみならず,高齢者及び過疎地の移動手段の確保及び物流業界等での運転者の不足という社会問題の解決が期待されます。

そして,世界的な産業競争力の向上を達成するため,国家的戦略として自動運転の導入に向けた取組みが進められています*6

このように,自動運転の導入は,個々人の移動の便の向上に留まらず,自動車産業界の経済的利益を生み,更には,巨大な社会的利益を生むことになります。

一方で,自動運転車によって交通事故が発生した場合,その被害者が局所的に甚大な損害を被ることになります。

このように,自動車の発達によって生じた利益の帰する主体と損害を被る主体が分離するという社会的不公平は,自動運転の導入により,さらに大きくなり,これを解決すべき社会的要請は,大きくなります。

したがって,このような自動運転の導入に伴う利益とその帰する主体にかんがみると,自動運転の交通事故の民事責任については,過失を前提としない法的責任,さらに,法的責任を前提としない補償制度の導入を視野に入れた議論を進めていくべきです。

3 注記

(1)危険責任とは,危険を作り出している者は,過失の有無を問わず,そこから生じる損害に対して賠償しなければならないという考え方です。

(2)報償責任とは,利益を上げる過程で損害を与えた者は,過失の有無を問わず,その損害に対して賠償しなければならないという考え方です。

(3)信頼責任とは,信頼に反して損害を与えた者は,過失の有無を問わず,その損害に対して賠償しなければならないという考え方です。

4 参考文献

*1 山下友信「自動運転と賠償制度の問題点」『自動車技術』Vol.69,p31,2015年

*2 山下・前掲p29

*3 土庫澄子『逐条講義製造物責任法』,p6-p9

*4 国土交通省国土交通政策研究所『公物の設置・管理に係る賠償責任のあり方に関する研究~法と経済学による分析』,p6

*5 国土交通省自動車局保障制度参事官室監修『逐条解説自動車損害賠償保障法』,p25-33

*6 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部『官民ITS構想・ロードマップ22016』,p20-21

5 引用文献

中川由賀「自動運転導入後の交通事故の法的責任の変容~刑事責任と民事責任のあり方の違い~」『中京Lawyer』Vol.25,p.41,2016年

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