2018年4月,警察庁のWebサイトにおいて,自動運転に関する報告書及びその概要が発表されました。
自動運転に関係する法律で最も重要な法律の一つが道路交通法であり,その所管庁が警察庁ですから,警察庁の公表する報告書は,大変重要な意味を持っています。
ただ,この報告書は,本文が92ページ,参考資料を含むと240ページと大部ですので,読む際のポイントを整理してみました。
この報告書を読むと,我が国における法整備の方向性が理解できます。
なお,報告書記載部分と私見部分は区別して記載し,報告書の要約にはできるだけ正確を期すよう努めましたが,より正確な理解のために,原文に当たることをお勧めいたします。
目次
1 報告書の概要
報告書は,4章からなっています。
第1章には,調査研究の概要が簡潔にまとめられています。
調査研究では,
①調査検討委員会の開催(5回)
②関係企業からのヒアリング
③海外視察
が実施され,それらを踏まえて
④報告書が作成されました。
第2章には,関係企業からのヒアリング結果として,自動車メーカー4社,トラックメーカー4社,独立系メーカー2社からのヒアリング結果が記載されています。
第3章には,海外視察結果として,ドイツ,オランダ,フィンランドの視察結果が記載されています。
第4章には,法律上・運用上の課題の検討結果が記載されており,報告書のうち最も重要なのはこの章です。
第4章には,
①レベル3以上の実用化を念頭に入れた交通法規等の在り方
②隊列走行に向けた課題
③その他の課題
が記載されています。
今回は,このうちの
①レベル3以上の実用化を念頭に入れた交通法規等の在り方
について見ていきたいと思います。
2 レベル3以上の実用化を念頭に入れた交通法規等の在り方
レベル3以上の実用化を念頭に入れた交通法規等の在り方に関しては,
①日本における動向
②国際的議論の状況
を踏まえて,
③調査委員会における検討
が述べられています。
2-1 日本における動向
報告書は,「官民ITS構想・ロードマップ2017」に掲げられた実現期待時期に言及し,
「条約との整合性等に関する国際的議論を踏まえて,2020年頃までにSAEレベル3以上の自動運転システムに係る走行環境の整備を図る必要がある。」
と指摘しています。
2-2 国際的議論の状況
従前,WP1において,自動運転と道路交通条約との整合性に関して,
①ウィーン道路交通条約(日本は批准していない)が改正施行に至ったのに対し,ジュネーブ道路交通条約(日本は批准)が改正施行に至らず,ずれが生じている問題
②改正施行後のウィーン道路交通条約ではどのレベルの自動運転が許容されるのかという問題
③改正未施行のジュネーブ道路交通条約ではどのレベルの自動運転が許容されるのかという問題
が問題となっていました。
この点,報告書は,今回,
「第74回WP1及び第75回WP1の報告書のとおり,緊急時又は限定領域から出る際に運転を引き継ぐことが予定されている者が車両内に存在するものは両条約と整合的であることについて,コンセンサスが形成されつつある状況にある。」
と述べています。
これは,非常に注目すべき言及です。
なお,報告書が引用している第74回WP1及び第75回WP1の報告書の抜粋の
「(ウィーン条約)第8条第6項に関する次のプリンシプルについて合意した。運転システムにより車両が運転され,当該システムが運転車に運転操作を行うことを求めない場合は,運転者は次に適合する限り運転以外の行為を行うことができる。(以下省略)」
のくだりは,直接的には「ウィーン条約」に関するくだりであり,「ジュネーブ条約」に関するくだりではありません。
また,第76回WP1(2018年3月開催)の報告書においても,「ジュネーブ道路交通条約」でどのレベルの自動運転が許容されるのかという点については明言はされていません。
にもかかわらず,報告書が
「緊急時又は限定領域から出る際に運転を引き継ぐことが予定されている者が車両内に存在するものは『両条約』と整合的であることについて,コンセンサスが形成されつつある状況にある。」
と述べた理由は,報告書上は必ずしも詳細には説明されてはいませんが,推測するに,以下のような理由であると考えます。
これまで,ジュネーブ道路交通条約に関する議論においては,改正施行に至らない状況に対する打開策として,条約の柔軟な解釈が可能であることが指摘されていました。
また,ウィーン条約の改正はジュネーブ条約の明確化と見ることもできるという解釈も提案されていました。
このような議論を経て,WP1の下のワーキンググループにおいては,改正施行前のウィーン道路交通条約と改正未施行のジュネーブ道路交通条約を整合的に解釈し得るというコンセンサスが形成され,さらに,
「緊急時又は限定領域から出る際に運転を引き継ぐことが予定されている者が車両内に存在するものは両条約と整合的である。」
というコンセンサスが形成されており,さらに,WP1においても,同様のコンセンサスが形成されつつあると理解していいと思われます。
そのため,報告書は,今回,
「緊急時又は限定領域から出る際に運転を引き継ぐことが予定されている者が車両内に存在するものは両条約と整合的であることについて,コンセンサスが形成されつつある状況にある。」
と言及したものと思われます。
この言及は,非常に注目すべきと考えます。
なお,WP1におけるこれまでの議論状況について詳しく知りたい場合は,以前にまとめたこちらの記事をご覧ください。
自動運転と道路交通条約~従前の規定と2016年3月までの議論状況
なお,第75回WP1(2017年9月開催)の報告書第23項に
“WP.1 affirmed that the 1949 and 1968 Conventions apply to all driving situations except in situations where the vehicle is moved by vehicle systems without any role of the driver.”
というくだりがあります。
私は,このくだりの趣旨について,許容性の議論を踏まえたものなのか,単純に適用範囲の確認にとどまるものなのか,はっきりわかりません。
仮に,許容性の議論を踏まえたものなのであれば,非常に重要な意味を持つと思っていたのですが,今回の警察庁の報告書にこのくだりが引用されていないということは,単純に適用範囲の確認にとどまるものだったのかもしれません。
2-3 調査委員会における検討
以上のような日本における動向と国際的議論の状況を踏まえて,調査委員会は,以下のような検討を行っています。
まず,報告書では,今回の検討対象を
①レベル3
②レベル4のうち限定領域から出る際に運転を引き継ぐ者が車両内に存在するもの
に限定しています。
次に,報告書は,想定される場面を4つに分けて整理しています。
ケース1は,レベル3における緊急時の運転交代要請の場面です。
ケース2は,レベル3における限定領域を出る際の運転交代要請の場面です。
ケース3は,レベル4における限定領域内で自動運転システムによるリスク最小化対応が行われた後の再発進等の場面です。
ケース4は,レベル4における限定領域を出る際の運転交代要請等の場面です。
その上で,報告書は,
①セカンダリアクティビティの範囲
②自動運転車両の規範遵守をどのように担保するか
③自動運転車両が規範違反をした場合のペナルティ
④データの保存・利用
⑤他の交通主体との関係
に関する検討結果を示しています。
2-3-1 セカンダリアクティビティの範囲
報告書は,セカンダリアクティビティについて,国際的な議論を踏まえて,「飲酒」「睡眠」「備付け装置による動画鑑賞等」「持込み装置による動画鑑賞等」「通話」「メール」「食事等」と,行為を類型化して整理しています。
ただ,このセカンダリアクティビティの問題は,まさにWP1において現在検討の最中の事項であり,今後更なる検討が必要な状況にあります。
そのため,報告書は,現段階では,論点を整理するとともに,いくつかの指摘に言及はしているものの,個々のセカンダリアクティビティについての明確な結論は示していません。
セカンダリアクティビティの範囲に関しては,人間の反応に関する研究等の根拠に基づいた検討が不可欠であるとともに,事故時の責任の際の過失の認定との関係で規定の在り方が非常に難しい問題であり,それだけに早急に議論を深めていく必要があると考えます。
2-3-2 自動運転車両の規範遵守をどのように担保するか
報告書は,自動運転車両の規範遵守をどのように担保するかについて
①事前審査の在り方
②点検・整備の義務の在り方
③運転免許・講習の検討における運転技能の再考
④メーカーからユーザーへの説明
に関する検討の必要性を指摘しています。
報告書は,点検・整備の義務の在り方に関して,「自動運転システムにおいてファンクショナルチェックが行われ,故障の場合はアラームが出るよう設計されるであろう。」との指摘に言及しています。
私も,点検・整備の義務の在り方は,自動運転導入において,重要であるとともに,非常に難しい問題の一つだと考えます。
この点については,技術開発の方向性を踏まえてつつ,制度全体としてどのように構築するのが最も安全に資するのかということを模索していく必要があると考えます。
2-3-3 自動運転車両が規範違反をした場合のペナルティ
報告書は,自動運転システムは,規範を遵守し,機能限界・性能限界に達したときは安全に停止するという指摘がある一方で,不具合が生じた場合や開発者の想定外の挙動をした場合に交通事故又は交通違反が発生することも想定されるとの指摘もあることを述べています。
そして,報告書は,運転者に交通事故や交通違反の過失責任が認められるかについて,
「使用者が当該システムの本来の用い方に従ってこれを用いていた場合には,交通事故等の予見可能性を認めることが困難となることも考えられるため,結果として,過失責任を負わなくなる可能性もあるとの指摘がある。」
と述べています。
報告書は,これらを踏まえ,車両の点検・整備義務やセキュリティ確保に係る義務等についての検討状況等も踏まえ,更に検討する必要があると述べています。
私も,「使用者が当該システムの本来の用い方に従ってこれを用いていた場合には,交通事故等の予見可能性を認めることが困難となることも考えられるため,結果として,過失責任を負わなくなる可能性もあるとの指摘がある。」という点について同意見であり,今後は,車両の点検・整備義務等の在り方が非常に重要になると考えます。
2-3-4 データの保存・利用
報告書は,
「交通事故等に係る責任の所在を明らかにするためにどのようなデータが必要であるか,データの保存方法はどうあるべきか,データの改ざん防止対策はどうあるべきか,データの保存期間はどうあるべきか等について,我が国における社会受容性を踏まえて更に検討する必要がある。」
と指摘しています。
2018年4月に公表された「自動運転に係る制度整備大綱」も,
「2020 年を目途に,データ記録装置(イベントデータレコーダー(EDR),ドライブレコーダー等)の設置義務化について検討する。その際に,データの記録機能(データ要素、記録間隔/時間、保持期間等)についても併せて検討する。また、記録データは個人情報保護に留意しつつ絞込みと整理を行い,情報保有者の事故時の記録提出の義務化の要否も含め,2020 年までに検討する。」
と述べています。
2018年3月に公表された国土交通省の報告書も,求償権行使の実効性確保のための仕組みについて
「EDR等の事故原因の解析にも資する装置を自動運転車に設置し,市場で入手可能な読取装置により,当該情報を読み取ることができるような環境整備を実施すること」
が考えられる旨の指摘をしています。
ですから,今後,データの保存・利用についての法整備が急ピッチで進められるものと思われます。
データに関しては,「EDR及びドライブレコーダーの設置義務・提出義務」の問題は当然重要です。
また,「データの記録機能」が実際の事故解明に十分資するよう吟味される必要があります。
加えて,データ利用のためには,データの「解析における費用的・人的コスト」の課題に取り組む必要があります。
この課題に対しては,解析のため体制を整える必要があります。
ただ,全ての交通事故等の調査・捜査において,EDR及びドライブレコーダーの解析を行えるようにするために莫大なコストがかかり,解析のための体制を整えるといっても,それには限界があると言わざるを得ません。
私は,この問題に関しては,EDR及びドライブレコーダーの解析におけるヒューマンリーダビリティの高いソフトウェアの開発がなされれば非常に有用だと考えており,技術開発による解決に期待しています。
解析におけるヒューマンリーダビリティの高いソフトウェアが開発されれば,交通事故の調査員・捜査員が日常的に多くの交通事故の解析を行えるようになり,過失の認定の難しい事案やソフトウェアによる解析結果に疑義のある事案のみを専門家に回し,専門家において詳細な解析を行っていくということができるようになると思います。
是非そのような方向で技術開発が進んでいてほしいと思っています。
2-3-5 他の交通主体との関係
報告書は,他の交通主体との関係に言及し,自動運転の導入に伴い,従前のアイコンタクト等によるコミュニケーションができなくなるという問題について指摘し,
①自動運転車両に表示を付けることの是非
②他の交通主体の義務等について検討していく必要性
を指摘しています。
3 引用文献・参考文献
警察庁委託事業,みずほ情報総研株式会社「技術開発の方向性に即した自動運転の段階的実現に向けた調査研究報告書」,2018年3月
高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議「自動運転に係る制度整備大綱」2018年4月
国土交通省自動車局「自動運転における損害賠償責任に関する研究会報告書」2018年3月
WP1第73回Informal document No. 2
自動運転に関するドライバー及びメーカーの刑事責任~自動運転の導入に伴って生じる問題点と今後のあるべき方向性~
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